アッシジ

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僕は京都に生まれ育ったことが自分の大きなプライドになっているが、それを嫌味に感じる人もいるだろう。僕だって「東京、東京」と言う奴がいたら屁でもかましてやろうかと思ったりする。どこかに優劣の感覚があるからだろう。
今回知ったことだけど、日本で言う市町村はイタリアに無くて、すべてがコムーネ(コミューン共同体のことです)の1単位。300万人近いローマから30人ほどの寒村まで同じ単位になっている。どの町にも立派な広場と市庁舎、ドゥオーモ(聖堂)がある。人々はそれぞれが故郷を心の基盤にとして誇りにしている。ミラノ人やフィレンツェ人という呼び方がイタリア人の上位に来たりするなんて、理解を超えているけど、それは素晴らしいことだな。
さて、今回の訪問で最も小さな町がアッシジ。相当に血なまぐさいキリスト教の聖人の中で「小鳥に説教した」というだけでもホッとさせられるフランチェスコで名高いキリスト教の聖地。
午後おそくに着いたので、夕方、夕食後、そして早朝、午前と4回もしっかりと散歩ができた。
あらゆる路地裏までもがライトアップされているし、怪しげな人はいないから安心して歩ける。
ゴミの多いイタリアでは例外的に路上にゴミが無い。物価も安い。ホテルが良い、食事が良い。
こんな素敵な町で我々は誕生日を祝ってもらった。
女房の誕生日の翌日に出発して、僕の誕生日の前日に帰国するという日程だったので粋な配慮をしてくれたのだ。

早朝に2kmほど山を下ったサン・ダミアーノ修道院まで歩く。
オリーブ林に小鳥の声。
ちょうど朝のお勤めで読経が聞こえると思ったら、寺院の前のラウドスピーカからの出力だった。
堂内のお祈りを村の衆に聞かせようという配慮かもしれないが、いかがなものか。
日本美術史演習で毎回宿泊する長谷寺の読経を思い出した。

ジオットの聖堂はTV取材のためにすべて明るく照明されて、いつもは薄暗いのにパステルカラーで浮き上がり、じっくりと鑑賞できた。
売店ではとてもよく出来たガイドブックが12ユーロと安価で販売されていたので、それを手に再び聖堂へ。
学生たちは「イラスト」を見るように壁画を鑑賞していたので、それはある意味、最も正しい見方かもしれない。文字を読むよりもビジュアルが主流だった時代の表現ですからね。

帰国後に、夜、目が覚めたら我が家の2階が、すべてアッシジ風の石造りになっていて、起き上がって見回してもその幻覚は続いていた。
それほどに、この町の質感や風情が歩き回る間に沁みこんでいたのだろう。

まだまだ余韻が覚めやらぬイタリアだが、帰ってちょうど1週間。そろそろこちらにシフトします。