いたわり

病院の採血を待つベンチで横になって眠っている人がいた。

こんなところで寝るのか?と見ると、爺さんの膝を枕にしている。

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点滴の順番が来てベッドで横になっていたら、二つ向こうのベッドに先ほどの老夫婦が居た。爺さんは点滴を受けている婆さんの足を膝に乗せて、そおっと摩り続けている。

点滴を終えると、車椅子に婆さんを乗せて看護師に「また金曜日に」と声をかけて出て行った。

婆さんはかなり消耗していたからシリアスな症状なのだろう。この光景には心が動かされた。学んだとか教えられたとか言うこともできるが、それ以上の、どうしようもないことに面して人ができることを見た。

 

広角と望遠

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冷え込んだ朝、久々に車で日赤へ。7時。夜明けの空。坂本繁二郎の絵を思い出すが、その絵で表現されていた微妙な色合いは写っていない。

当たり前だろう、スナップで定着できるほど単純なものではない。

渋滞もあり1時間かかる。自転車では64分だ。やっぱり車はダメだな。

治療は順調に済んだが、ずっと座り続けていたので帰宅後、散歩に出かける。

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ズームした画像と

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周辺も写り込んでいる、この二つを比べると、ワイドが良いと思う。

望遠志向が年々強くなっていると感じていたが、逆転してきたのかな?

凡庸で没個性的なものを切り取っても、面白くないということだけど。

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これと

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これでも、ワイドに軍配。位置情報が推測できるからか、花よりも状況が記録されているからか?

俺は花そのものに興味を持っていないということだな。

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このコスモスも背景をいくつも選択できたが、平成の凡庸な住宅を選んだ。

やはり場があっての存在だ。大げさに言うと。

望遠のボケ効果で状況を説明できているから、単純にレンズの「広角か望遠か」では語れない。

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身近な火山(ひやま)だが

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画角の選択、あるいはトリミングが過ぎると、関係性というか親密度といったものが伝わらない。

難しいものだな、そして好みや見方も変わっていくものだな。

ということで本日のベストは

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昨夕の名月もついでに

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昨日見たものを振り返る

午前中のテニスではたっぷりと走り回り、しっかりと打った。かなり体力は戻ってきている。そのあと、ぼんやりと昨日の写真を眺めて過ごす。いい時間だ。

 

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瑠璃光寺の石垣。「打ち込み接ぎの乱積み」というものか、「野面積み」か。孫がいたらうるさく詮議するところだ。意外にも広島(瀬戸内)は石垣を研究するには適したところらしい。

成り行き任せ、偶然の妙味がある。真ん中あたりで一度頂部を整えて、後日積み足したのか、そこに気合が入ってないな。

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なまこ壁。蔵の壁面を保護するために瓦を使い、それを固定するために漆喰を盛り上げたのがこの模様になったと最近知った。

その漆喰がしっかりしているのが自慢になるので必要以上に盛り上げて競ったとか。

文化にはそういう一面があるものだ。

 

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常栄寺の雪舟庭園の反対側にある重森三玲作の石庭。

東福寺のチェーン寺だから、そのコネで招かれたのか。表現意図が明確でわかりやすいので人気があったのだろう、あちこちで仕事をしている。

庭、よくわからないけど俺の絵は箱庭に近い。絵に描いたような庭を作ったら面白いだろう。また空想の庭をコンピュータで設計したり3D動画にしても楽しそうだ。

山口へ 美術史研修

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奈良京都でなく、地元での美術史研修の4回目は貸切バスで山口へ。

おなじみの瑠璃光寺。ここから徒歩で雪舟の画室を再現した庵へ。

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常栄寺 雪舟庭園

初めての寺だと思っていたが見覚えがある。天龍寺に似てるような、益田の雪舟庭園か、ともかくもこの手の庭は俺には響かない。

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防府国分寺。 全国に60以上もあった国分寺で創建当初の姿が曲がりなりにも偲ばれるのはここだけだという。仏像もずらりと並ぶ。でも超一流のものではない。

指導されているT先生も残念そうだ。

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毛利庭園、公爵家のお屋敷。広くて立派だがあちこち捲れたり割れたりで、もう少し手入れしてほしくなる。ここの博物館で雪舟の国宝山水長巻が展示されていて、紙が劣化していないことに驚いたが、なんと複製だった。

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庭は広く紅葉も多い。悪くない。毛利に心酔している孫を連れてきてもいいだろう。

でも「すごいなあ!」と心が震えることはない。

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毎年、このマイナーなバス会社を使って奈良京都を回っていた。

この授業を担当するT教授も俺と同時に定年退職を迎える。イタリアへも何回か行ったし、良い時間を過ごせたことに感謝するしかないが、寂しい終わり方ではある。

大都市を中心に感染拡大が続いている。年末にかけてどうなるのかな?

CollageあるいはDépaysement

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終日在宅。久々のことだ。

過去30年間に制作した映像をチェック。これらを合成あるいは並置して「何か変な感じ」を出せるかも。停滞していた新作が前進できそうだ。

先日もここに「音の記憶」として書いたように、古い音源の聞き直しもやっていて、この回顧モードが一番しっくり来る。

「振り返る」と「見直す」で現在、俺は毎日を送っている。それを創作面でも自覚できたのが今日の収穫だ。

 

自転車通勤では専ら音楽を楽しんでいるが時々は講演も聞いている。

北斎の8回シリーズを聞いて一番印象に残ったのは、代表作の富嶽三六景が72歳の制作ということだ。

科学系では、「老化と次世代への繼承が不可分」ということだった。不老不死が不可能なのは子孫を作るからだという話が細胞の研究者から語られると、宗教以上に考えさせられる。あるいは宗教は直感で科学的真実に到達しているとも言えるだろう。

WORK17 Photograph

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1978 13x18cm ゼラチンシルバープリント

カメラを手に入れたのは20歳代半ばのことだ。手描きプリントのバイトでそこそこ貯金できたので念願のニコンを買った。三条河原町の写真店でウィンドウのカメラを凝視していた。当時はカメラからオーラが溢れ出していたな。

ボディはニコマート(ブラックにしなかったのを後々まで悔やんだ。)レンズは50mmF2,135mmF3.5,28mmF3.5の3本。入門者の標準コースだったが広角の28mmばかり使っていた。

フォトグラフィ論という授業があり、その中身は全く覚えていないが担当のアーネスト佐藤というハーフの教授は大変なヘビースモーカーで、咥えタバコで表れて講義を始め、短くなったら新しいタバコを取り出して、その火をつなぐ。チェーンスモーキングというやつである。まだ火がついている短いタバコをポイッと投げ捨てて踏み消そうともしない。そして

「皆さんも吸ってくださいね」

吸わないと悪いような雰囲気になって、たちまち教室は紫煙に包まれる。

学生もタバコをポイッで消さない。

なるほどね、俺が入学する前の1月に大学の南校舎が全焼した理由がわかった。

話が逸れてしまったが、

当時はコンセプチュアル・アートが全盛で、そのコンセプトを伝える、視覚化するのはもっぱら写真だった。ウォーホールラウシェンバーグが使った写真製版によるシルクスリーンも流行していたから、マイクロレンズをつけたニコンをさげた先輩に憧れるという時代だったのだ。

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たのしく描く

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東京の孫No,6はよく絵を描いている。四つ切り大の画用紙の四隅をテープで止めてもらって勢いよく描く。美大出のお母さんだからセッティングはバッチリだが、つぶやいたり笑ったりして延々と描いている。

こんなに絵を描くことって楽しかったかな?

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京都の孫、No.2とNo.4も盛んに描いていたが、お姉ちゃんはキメツに走っていて、弟の関心は文字や記号に向かっている。

響きあう色彩や奔放な線は帰ってこないのかな。

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カード登録のために地区センターのようなところに行った帰りに壁の絵が目に止まった。病院や公民館などに飾られている絵といえば半世紀ずれた凡庸なものと決まっているが、これは異色だ。魅力がある。

クレジットをみると障害者施設のMさんの作品だ。

最近、授業の資料にとエイブルアートの作品を探していた。いま、一番可能性を感じている。spontaneous自然発生的なもの

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母が96歳になった。毎年、次男は母の誕生日を祝いに行ってくれている。俺は97歳になると思ってた。母は自分の年齢を忘れていて孫娘に聞いている。100歳までもう直ぐだという会話。ひ孫とは90歳の年齢差。