団体行動

昨日、からまつ学寮を訪れて「団体行動」とか「集団生活と規律」なんていう言葉を久々に思い出した。美術以外の学科の先生方が本気でその言葉を使って学生に説教していたのには呆れたものだし、こんなところに長居していてはいかんなと感じていた。

それだけに懐古的な行事に参加して不甲斐なさも同時に感じたのだが、今も「同調圧力」という形で「団体」がゾンビとして存在し続けている。

「団体」っていう言葉にはずうっと悪いイメージを抱いていた。団体を辞書で引くと

多くの者が集まって、一つの仲間になったもの、組、群れ、とある。

群れ、といえば連想するのが、それを否定し続けて百余年、個を全うした篠田桃紅さん。少し熱狂も冷めたようなので図書館で予約して読んでみよう。

金曜日にやってくる近隣の孫が昨日から熱を出しているので、他の二人も登校を控えていると今朝、連絡があったが、結果は陽性だった。

他の家族は元気にしているようだが、数日は閉じこもることになる。
連休後、広島では感染者が倍増していて、保育園から貰って来たのだろう。
身辺に続々と感染者。いつかは我々も。そうやって慣れていくのか。

 

からまつ(最期の?)

大学の同窓会からお誘いがあり、研修施設の「からまつ学寮」へ行って来た。

40回近くも行ったところだから、ルートや周辺も含め、懐かしいところである。

それ以上にこの場所に登り窯を作り、宿泊棟の陶壁を制作したH先生は「からまつ」の主だから、メンバーに加えるように進言した。そしてH先生を常に支えていたT先生も。

退職した名誉教授3名と昔の女学生十数名でのバスツアー。

学寮は利用の減少と維持費の負担で廃止が検討されているらしい。

仕方ないことだろう。

俺は、「合宿の集団生活でみんな仲良くなりましょう。」という趣旨には馴染めない人間だ。団体行動という抑圧的な言葉には虫唾が走るから、嫌な思い出も多かった。

今世紀になってからはかなり改善されて来たが、先々まで続けられるものではない。

講堂の片隅に置かれたピアノ。これは救いだったな。4年ぶりのご対面。

さらにチューニングが狂って辛い状態になっているが少し弾かせてもらった。

10年前まではここから自宅までの60kmを、何度か自転車で走ったものだ。

赤い瓦が緑に映える快いサイクリングだったが、あれから風景は劣化して、災害も続き、新緑の爽やかさを楽天的に享受できなくなっている。

それはともかく、H先生は嬉しそうだった。彼のための企画だったかもしれない。

この後、三次ワイナリーのレストランで豪華な食事。これが同窓会のメインイベントか。コロナの制限からようやく放たれて、ワイワイガヤガヤ。

みなさん、幸福そうでした。

薔薇の香り

植物園で薔薇を見た。というか香りを嗅いだ。

あんなに人気の花だけど、薔薇を描いた絵画に名作は無い。(天国を描いた名作が無いように)

ということでメモ程度に写真を撮り、もっぱら鼻を使って鑑賞していたが、とても微妙な香りの差である。薔薇の花びらから香水を作るシーンが映画であったけど、煮詰めても難しいのじゃないか?

ところで薔薇という文字、書いてみると微や徴に似てるが・・・

昨年までの俺なら、こういう細かな差異には腹を立てていただろう。でも白川静に触れてから、文化の蓄積として容認するようになっている。

といっても、習字よりも英語を優先させるだろうけど。200年前まで中国語が担っていた役目が今は英語だから。

今日の目的は薔薇だったが、いつものように大半の時間を大温室での熱帯樹鑑賞にあてていた。

そして最後はベゴニア温室で大休憩。

この後、佐伯区図書館へ。たっぷり本を借りた。あとは寝転がるだけだ。

東京バナナ、継続と刹那

このタイトルだけで何も書かなくて良いのだが・・・・・・

墨書が面白くて、書き順を調べながら気になった文字を書き続けている。

新聞を見ていても、読めても書いたことのない漢字に目が行く。

それなら新聞紙に書けばいいじゃないか、吸い込みも良いし。それなら墨を擦らずに墨汁でもいいか、ということで絵皿で墨汁を使っていた。

先日、テニスコートでもらった東京バナナ。これに墨汁を流すと底面の凹凸が適度に筆先を整えてくれて使い勝手が良い。

ここしばらく、毎日1時間以上、時には2時間も書いている。飽きない。

そんな日々で「継続」と「刹那」の言葉が印象に残った。

天と地、男と女、光と影、といった対比の言葉はどれも好みだ。映像と同じでコントラストを求めているのだ。

夏のような天気が続いている。昨日今日とテニスで大汗をかいた。

課題のサーブはなかなか安定しない。バッハのゴールトベルグ25番の暗譜には1年かかった。こんなペースで進んで行くのだろう。

                                                                                  

こどもの日と次の日

このハガキ絵の上に、ウバメガシの剪定とか、母の日プレゼントは後日、持参するとかのメッセージを墨書して送った。

午後、バイクに相乗りして戸山を周遊。ゆったりした農村地帯の重厚な八幡宮

帰宅すれば卒業生から連絡があり、駅前の居酒屋で会おうと言う。

東京から3年ぶりの帰広者も居る。慌てて出かけたが、なんと広島駅ビルがすっかり壊されている。

カープの巨人戦が終わった後で、駅周辺は真っ赤のウェアでいっぱい。(3-0勝利)

20年ほど前の卒業生が5人、密な空間で飲食4時間。

40代になり、家庭、育児、仕事と責任を背負う場に立つようになっているから、話題もなかなかにシリアスだった。

気持ちよく酔って、鉄路に揺られウトウトの快さ。本当に久々。

 

室内の画像のようです

昨夜の飲み会で知らされた、展示に出かけた。

#展示 #蔦屋美術倶楽部 #airhiroshimagallery #広島 #映像 #アニメーション #インスタレーション #金継ぎ #漆 #水墨画

二日続けて若い人とたっぷり会話。やはりこうでなくっちゃいけないね。

ここにくる前に、県立美術館に寄って来た。「現代美術の100年」と題した特別展は予想外に観客が多く、しかも若い人ばかり。いつもの高齢者は居ない、自分以外は。

 

帰路は山越えコースを選んで畑峠を目指すと、「この先、通行止」の表示。スーパーカブだから何とかなるだろうと突き進んで行くと、峠を越えたところで10mほど道路の左半分が崩落していて、フェンスで封鎖されていた。

ここから引き返すのは嫌だなあと、フェンスを持つと、軽い!容易に動かせる。すでに5時半で関係者の姿は無い。立ち入り禁止を破る後ろめたさと快楽。

沼田側に降りるとこちらは頑丈なフェンスでガードされているようだったが、背後の隙間を難なく通り抜けられた。

やったぜ!

 

みどりの日

梅とウバメガシを剪定した。後で今日が「みどりの日」だと知ったのだが、なるほど新芽が伸びてむさ苦しくなったと感じていた。

木の上に登ると周囲の山々が一望できて気持ちが良い。

でもこんなところで1時間は過ごせないだろうな。

刈り取った枝葉は大袋三つにギッシリ。庭に植栽を設けない家が増えているのは、こう言う手間もあるのだろう。そこに車3台を置いたりして。いかれてる。

植物園が無料だから行ってみようかなと思ってたらテニスのお誘いが来た。

喜んで参上。フラワーフェスも開かれていて市内も綺麗なのだろうけど、人混みには近寄るべきでは無い状況はまだ変わっていない。

コロナもウクライナも簡単には終わらない。

寂地峡とモミの木

三男一家と寂地峡に行った。

孫二人を連れて行ったのはいつだったかと調べると3年前。病気の再発を告げられながらも国内外をあちこち動き回っていた頃だ。

5年生になった孫はその記憶があり、杉の大木がある神社でキツツキの音を聞いたと寂地峡の入り口で話した。常日頃から物覚えのいい子だと思ってたが驚く。

3年前の記録に俺もキツツキの音について残していて、そんなことがあったなと、今朝方ふりかえっていた。

あれから3年、随分と背も伸びた。

あの時、乳児だった三番目もしっかり歩いて滝が続く急坂を登った。

この後、モミの木森林公園のアスレチックを回って遊ぶ。

今日の主役は三番目。車の中では歌い続け、まだオムツなのに兄貴たちに負けず走り回っていた。

行き帰りのワゴン車内では3列目の中央で孫の囲まれて座る。二人が前方を見ようと体を寄せてくるので窮屈な姿勢になったが、気分は最高だった。

それにしても寂地峡という命名には感心する。大蛇を退散させた旅の僧、寂地坊に由来するらしい。