十年一日とはいかない

長雨がやっと止んで薄日が差した休日、女房の誕生日が天皇誕生日になって6年が経つ。比治山の現代美術館へ。

最近は映画館や美術館へ一緒に行くことが少なくなっている。好み、趣味はかなり違っていて対極的と言っても良いぐらいだが、俺の推しで行動してきた。

俺が引くと女房は自己主張しないから、結果的に別行動になる。まあ、それだからうまくやってこれたのだろうけどね。

展示はコレクション展と「池田満寿夫とデモクラート」

俺よりもひと世代上の、先生だった人たちの若き日の作品が並んでいて、ポップアートが当時の作家に与えた影響が見えてくる。

15分ほど歩いて京橋河畔のタイ料理店へ。

10年前に当時は可部にあったこの店に来ている。卒業生が関わってると知って親しみを感じた店だが、8年前に市内の一等地に移って繁盛しているようだ。

この後、比治山に戻ってマンガ図書館へ。30年前に読んでいた「がきデカ、こまわりくん」の登場人物が大人になって当時の子供達がみんなオッサン、オバサンになっているという漫画を借りる。

夕方、孫たちからお祝いのビデオ通話。そこに写る自分の顔は信じられないほど老けている。ピカピカの孫との対比で普段は意識していない実像が露わになったのだろう。

その孫も10年前はこんなに小さかった。もう小学校から中学に入ろうとしている。

タイ料理店をこのブログで検索していたら出てきた。

やはり10年は大きい。

一度、自画像を描いてみるかな。

DTM

DTM、Desk Top Music  デスクトップ=机の上で何でもできて、使い方もネットで学習できるようになって、もう20年ぐらいは経つのかな。

高機能なソフトが無料で配布されているから、オーケストラ曲を一人で演奏することもできる。

悪天候が続いたこともあり、家にこもって音楽ソフトの操作に悪戦苦闘していた。

満載された機能を操作するには30インチ以上のディスプレイが必要で、覚えたはずの新しい記憶は一週間で消える。

5歳児が盗み見た技を直ぐに真似て、ずっと覚えているのとは大違い。

赤瀬川原平が「老人力」と呼んだ無能化は日々進行し深まっている。

スケッチや墨書も楽しいがちょっと飽きてきた。

無駄な努力だと分かっていても、ずっと新奇なものを追い求めてきたこれまでの生活スタイルは変え難い。

 

5歳児天国

卒展で多忙な元同僚の娘を預かった。他所の子の画像を公開するべきではないが、内輪の人以外は誰も見ないから良しとしよう。

俺は久々のテニスに出かけ(サーブが全くダメだった)、足首を傷めている女房は、この子とシフォンケーキ作り。

後片付けまできっちりこなして女房は感心することしきり。

近所の孫たちもやってきて、かくれんぼやレゴなどで家の中は大混乱。

この後、毘沙門天の初寅祭りへ。

ここで息子夫婦と合流。5歳の園児コンビが走って先行するので息子が来てくれて助かった。我らではもう追いつけない。

園児の睫毛長さ比べ。

もう直ぐに卒業の孫はぐんぐん背が伸びて声変わりしつつある。

雲ひとつない快晴でとても暖か。20度もあって暑いぐらい。梅や菜の花が咲いていた。

麓を中心に屋台が出ていて、ボールすくいに挑戦。

しっかり遊びまわったので夕方に送り届ける車中でウツラウツラ。

5歳児はほんとに可愛い。

ジジババには悦楽の日曜日でした。

比治山卒展

比治山の卒展へ。

洋画講師のTさんから誘われた時、俺は鴨川を自転車で走っていて、土曜日の訪問を約束していたのだった。

昨年、洋画の専任教員が新しくなってユニークな人柄が評判になっていた。その指導成果のお披露目である。

色が明るくなり活気が出てきた。

右の2展は指導でなく強い個性を持つ本人独自の表現だけど、全体に「内から外へと」各人が持っている何かがストレートに表出されていた。

これは描くことの一つの原点だと思う。

いくつか見た卒展の絵画作品ではそれが希薄で物足らなかったので、比治山は「なかなかいいなあ」と感じた。まあ、短大の良いところでここからが難しいのだけど。

映像の展示セットも新しい洋画教員が作っている。こういう専門職の経験もあるプロの仕事だ。30歳代の元気がもたらす教育効果は大きいものだ。

映像コースの学生は近年になく23名と多かったが、多彩な表現がいくつも見られて、やはり活気というのは大きな力だ。

 

この後、Tさんと同期のMさんも来られて世間話をたっぷりと。彼らとはもう46年の付き合いだ。すごいことだな。

妙心寺

北野の天神の前に千本釈迦堂に立ち寄った。大報恩寺が正式名称だが、その名で呼ぶ人は滅多にいない。東京で大報恩寺展が開かれていた時に知った。

以前に来た時に入口がわからず、ぐるぐる回ったのだが、今回も同様に迷う。

東と北側は150cmほどしかない道幅の路地が入り組んでいて、火事が起こったら大変なゾーンである。市役所に努める息子もそんなことを言っていた。

しかし日本にはわずかしか残されていないワクワクするような魅力的な世界だ。

中京のような堅実さとは異なるカオスが西陣にはある。

俺はもちろんこちら側の人間だ。

北野天神から衣笠、等持院龍安寺仁和寺へと走る。
浪人時代の知人たちが(やはり女性)居たところだ。ひとりは亡くなっている。道行く人は誰もがこういう懐かしい思い出とともに生きて消えていくのだ。

妙心寺の仏殿。何十年も訪れていなかった。

目玉になる美術品も無いから観光客も少ない。

塔頭寺院が46もあるという。それらを結ぶ道がとてもいい。

ぐるぐると自転車で回れる。とにかく広い。メインの通りだけでも2kmはある。

庭園で有名な塔頭もあるが、これほど多くの寺院が密集して、そのどれもがキリッと掃き清められやつれがない。

そういう仕組みで維持できているのだろう?

短い滞在だったが多くのものを見た。自転車で走り回っているだけで活気が得られる。俺の世界はここだと思うけれど、月に一度、訪れているから感じることであって、住んで日常になったらどうかな?

新幹線の割引切符は新大阪までなので、京都には在来線で着く。

京都の手前で減速した車窓から梅小路公園の梅が見えた。午後、ケアマネさんとの話や看護師さんのチェックと足湯が終わった後、公園へ。

家から5分ほどで着く。まだ開園して30年にもならないが、すっかりずっと昔からこうでしたと言う落ち着きが出てきている。

荒涼とした貨物駅の時代を知る我々はいつも違和感を抱きつつ楽しんでいる。

平安時代では平家の拠点だったのだから、時代の変化は大きい。

「外を回ろうか?」と声をかけると即座に支度をする。着替えて、財布と携帯を持ちいそいそと準備をしている姿を見ると元気だなと思う。

これが風呂には入るときは「なんかすごくしんどいさかいに、また次の時に」と逃げ口上になるのが面白い。

翌日も暖かかったから雨が降る前に、本願寺あたりを散歩した。

この伝道院は伊東忠太が設計した奇抜な建築で正面奥は西本願寺だ。ちなみにこの道は正面通りというが、秀吉の作った方広寺の正面だったから名付けられている。

その昔、この辺りは東市というマーケットだったという。実家の住所は「下魚棚通り猪熊東入る」だからそんな感じもあるが、猪熊の名前は食材ではない。

何処へ行っても歴史が絡んでいて面白い。

興正寺から見た本願寺。この光景がフォトジェニックなだけに正面のトイレが邪魔。

景観への配慮がなかったのか?

自転車で北野天満宮に行って梅を見た。

なるほど、背景だな。ビジュアル面だけでなく歴史も含めて。

そして、そのまま描けば絵になるような仕立て。

数量では圧倒する梅林が全国にはあるだろうけど、やはり北野の梅は説得力がある。

精華の卒展

京都に4日間行っていた。

二日目の水曜は晴れてとても暖かだったから、自転車で油小路を北上して岩倉へ。

小川通の千家の前を通ったら、また家元が現れた。10月の二回に続いて三回連続だ。

利休の本を読んだところだったから「へえ〜」っていう感じ。

少し遠回りだが鞍馬口通りを初めて下鴨まで走る。面白いものがいくつも。

昨年の展示で通ったからすっかり馴染んだルートで精華へ。

大学院マンガ研究科は16人全員が中韓からの留学生だ。

ポップなイラストだが密度と完成度に圧倒される。

マンガをベースにしているがグラフィックやテキスタイル、インスタレーションにコンセプチュアル、何でも来いの総合現代美術になっている。

そのアイデアスケッチの量と質にも驚く。作者と少し会話もできた。可愛い韓国女性。凄いなあ。

プロダクトデザインの展示だが手前の3D映像や奥のグラフィックも一人で作っている。これも作者と話せたが、細身の韓国女性。おそるべし韓流。

ChatGPTの画像をミックスして合成した作品。構想スケッチを見ると下手な素描だったのがご愛嬌。この手法が善悪で語られるのは意味ないよねと作者と話す。この若者はスイス人とのハーフ。

卒展での絵画系の不利は承知しているけれども、もうちょっとインパクトを感じたかったな。学内を歩き回るから時間のかかる映像をパスして流し見ても3時間近くはかかる。岡崎の市美術館で全ての美大が順番に展示していた時代が懐かしい。

でも若い人から話も聞けて楽しかった。

これまで何十年とやってきたことを続けることが自分には一番良いのだろう。

明日は比治山の卒展に行こう。