梅とサイクリング

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街の画廊を覗いて,ちょっとがっかり。あまりにも快晴なので午後はサイクリングに。
久々の太田川上流。そしていつものコース。
相変わらず素晴らしい、のだが相変わらずであって何かピリッとしたものがない。
飽きてきたのか。
文句のつけようの無い完璧な女房への不満みたいな。
「何か新しいこと」って必要なんだ。
杉があちこちに密生している。この数日の花粉症を思うとビビルが直接的に作用しないみたい。

あちこちで梅が満開。見事だけど花見の風情は無い。花見といっても花が咲いておればよいというものではない。花にまつわる故事来歴、由緒が無ければ味わいは半減する。
何世代も前の先祖たちが毎春花を愛でて酒宴を開き歌い踊った。その木の下でまた自分も酒に酔う。
天満宮の梅のように、長い歴史のなかで見直す自分の人生。

帰りはひたすらペダルを漕ぐ。今日は休日なのに採石場や金属工場はフル稼働している。安息日という戒律で制限しないと休めなくなっている。
何もしないというのはとても辛いことだろう。
結局することといえば考えることぐらいだ。
それでユダヤ人から多くの思想家が生まれたのか。
でも俺だったらろくでもないことしか考えないだろうな。
そういえばユダヤ作家の書く小説は助平な妄想が多いなあ。
小説家のほとんどはユダヤ人だけど。

しっかり汗をかきシャワーを浴びてたっぷりとビールを飲む。
本日、これにて完。