トリミング

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小雨の中、県立美術館へ搬出に向かう。間もなくこの雨は雪になった。
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望遠が好きになっているこの頃。
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帰り道の祇園新道で。雪もしっかりあがって夕暮れの光。
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やはり望遠がいい。

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県立美術館で手続きを待つ間に書架の展覧会カタログを眺める。
昨年の「美術科50年展」や職場に関係した人たちのものもある。
ほとんどがこの50年間のものだ。
100年後には戦後美術として一塊にまとめられるのかもしれない。
ひとつの時代が終わりを迎えている。

先週末、夜からの会合を控えて研究室で雑用をしていたら、男子学生がやってきて「ポートフォリオをチェックしてほしい」と言う。
京都の美術系大学への編入試験を控えているのだ。
基礎力があり洋画系の志望だから90%合格できるだろう。
ただ、真面目すぎる性格と経済力の不安で、学業を続けられるのか、先々の見通しなど心配になる。
高校時代の美術教員に大きく感化されて今に至っているようでもあるが、それだけに安易な励ましは慎まなければならない。
面接対応ということにして本人の制作や展望について考えを聞く。

先日のタルコフスキー映画祭で何度も顔を合わせた15年ぐらい前の男子卒業生を思い出す。
半世紀前のバンカラ画学生というタイプの学生だった。
「映画の内容がまったく理解できません・・・」と話す。
初期の作品ならともかくも、晩年の数作は理解などできるものではない。「こういうものが高く評価される文化もあるのだ」ということに触れてみて、かっこいいなと思ったら真似してみれば良い。
それぐらいに捉えておかないと劣等感と自己嫌悪に苦しむことになる。

油絵もそういう面が強い。グローバルでパラレルな現代で、日本人が西欧画を描く意義は無い。
いろいろある絵画のひとつと考えれば良いのだが、憧れは捨てられないんだよなあ。
こういう自分の中のジレンマも学生に話した。

会合の時間が迫ってきたので切り上げようとすると、もうひとつだけ聞いてほしいと引き止めて,簡単には語れない質問をぶつけてくる。
俺の出席が重要な会合でもないので、スポイルしてこの学生に付き合ってやることにする。
これが仕事の第1番の職務だからね。

まだ20歳の青年だから、見聞を広げたいと願うのは当然のことだが、高い学費に見合う結果は(とくに洋画の場合は)得られない。
世界一周に出かける方が遥かにコスパが高いがそういうタイプではないし、ともかくチャレンジしてみて将来的には「晴耕雨描」という生き方もあるよと仄めかす。
それができる環境が彼にはあるのだ。

長話になってしまったが、久々に考えさせられた。

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やっぱり望遠。