洋画って何だ?

洋画ってのはデカプリオなどが出てくる映画のことだ、という答えが若い人では第一に来て、油絵を思い浮かべる人は極めて少ない。
東洋、西洋という分類も起源には複雑な経緯があるようだが、ここに絵画をつなげた無理が今になって露出したのだろう。
映画では邦画という分類もあり、インド映画や韓国映画は洋画ではないとか、言葉には正直に様々な事情が表れている。
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昨日、美しい夕暮れの光に誘われて近所を散歩した。
紅梅白梅が咲き始めていて、それを描いてみたらメリハリが不足しているように感じてハイライトを加えた。たまたまスキャンしていたので並べてみたのだが比較して見て、光を加えたくなる一種の癖、或いは惰性に俺は犯されていると感じた。
「絵の描き方ってのはこういうものですよ」という常套的な方法論。
ハイライトを加えた動機は写真との比較だったから、同時に、光を描こうとした印象派の現代性にも想いが至ったのだけど、「リアルな映像」が実は普遍的なものでなくて、西欧で生まれた油絵から写真に至る「科学的な視覚」だということが微かに理解できた。
いま絵画に求められているのは、それとは違う別の見方(Alternative)であり、圧倒的な写真映像が氾濫する現代にあって浮かび上がってきた課題だ。
写真以前にあったはずの違う見方、見え方。
それにこだわるのは学生時代に流行したスーパーリアリズムの後遺症かもしれない。

なんかうっとおしい話になったけど、要するに洋画ってもう死語になってる言葉なんだな。

今日は陽気につられて山里をドライブした。その道中で「みちづれ」というレストランや「ほどほど」という店の看板を見た。老人介護施設で「幸福ものがたり」というのもあり、これは「みちづれ」でなくて良かった。「ほったらかし」とか「お先にどうぞ」というのもいいなあ。