出張

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出張で新山口に来ている。もう小郡という呼び方はされないみたいだ。
久々に乗ったコダマは左右2列のグリーン車並みのシートで快適。だけど1号車が喫煙車両で実にたくさんの人が、目の前の席の人もタバコを吸う。これには閉口して車両を移ったけれどJRは何を考えているのだろうか?
駅前の指定されたホテルは独房のような貧弱さで、ネットの接続無し(ネットブックを持参してきたのに)、冷蔵庫無し、ベッドの全長180cm(平均的な男でもギチギチだ)。この貧相さはロンドンのロイヤルナショナル以来である。
せめて東横インにしてほしかった。
何とかどこかの無線LANにと接続を試みるも果たせず、深閑とした駅前の光景を見ながらオフラインで作業している。
時折、通過する新幹線の音が響く。目の前を通っていくのに停まらない。通過。
新幹線の車窓から風景を眺めているときに、この地に住んでいる人が乗ろうとすると、どれだけ時間がかかることだろうと、しばしば感じる。
交通が便利になると人が流れ出て寂しくなってしまうといわれる。幾つかの理由のうちのひとつは疎外感ではないだろうか。
安定した世界の中では、人は自分が中心にいると感じられる。それが巨大で強力なものの出現で世界の辺境にいて無力で弱小な存在へと貶められる。
そういうことが疾走する新幹線沿線で起こっていると想像する。

風呂の水が逆流して慌てたり、時計の音がやたらと煩かったりで安眠できず仕事中に眠気に襲われて疲れる一日だったが、戻ったら雑用の山が待ち構えていた。
これから入試、成績、授業計画などやることがいっぱい。
ま、こういうこともなくっちゃね。