日記とは、その日にあったことを書き留めるよりも、少なくても1週間は静かに置いて濁りを澄まし、心に落ち着いたことを記すものらしい。
今日の通勤の往復で平安日記文学の講演会を聞いた。
「なるほど」であり、是非とも実践してみたいものだが、1週間後にはきっとみんな忘れているだろうな。
そもそも、このブログは忘れたことを思い出すために続けている。それは困る。
今週も怒涛の金曜日が来た。
絶叫と振動の2時間が過ぎて、彼らを送って行った後の静けさ。
あの雑音がなければ静けさを味わうこともできない。
(それにしてもNo.3、小さいのにあれほど大量に喰いまくっていいのか?)
生まれた時から大騒音の中で育った彼こそ「静けさ」が必要なのではあるまいか。