今日のこと

先日、ベラニアと名付けた花はジニア(百日草)だと、このブログを見た卒業生が教えてくれました。それも自筆のイラスト付き絵葉書です。

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今日は先週のPET検査結果を日赤で。

回復は諦めていたけど告知の直前はいつものようにソワソワ。さてその結果は

「消えてます。順調ですね。」

とてもたくさん注射針を打ったので、ご褒美かな。ま、有難いことです。

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美しい夜明けだったから市内へは自転車で行った。太田川沿いの道は快適だが手が冷たかった。

お弁当を食べるベンチも今日は日向を選ぶ。

クルーズ船のコロナ感染が騒がれていた3月末に始めた治療。結果は出たけれど治験は再発対応を目指す薬品だから2月まで続く。そのころコロナはどうなっているのかな。

点滴の間、病室のテレビでは大統領選挙が放映されていた。

 

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原爆ドームが修復されている。

争いと無縁で70年を生きてこられた。そういう人間は相当に少数派ではないかな。

とくに人類が文明化してからは。

歴史はほとんど戦争だ。その時間軸で平和を考えたい。

 

 

 

昨日のこと

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コマ撮りアニメーションを作る学生を手伝って終日、塗ったり貼ったり切ったり。

コンピュータが主役の授業では少なくなっている手作業。でもこれが無いと制作している気がしない。授業中ずっとコンピュータに向かっている学生には声もかけにくい。

特に自由課題の卒制では何を作っているのかも一目でわかりにくいので、対話もなく黙って帰宅する学生に申し訳ない気持ちになる。

その点、工作、手作業が多いコマ撮りはサポートもしやすい。結果的にクオリティの高い作品になることも多い。

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帰り道の夜空は美しかった。

実りの秋

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この花、野菜、果物、みんなご近所からの頂き物。実りの秋、収穫の秋です。

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柚子は枝からチョンチョンと刈り取らせてもらいました。肩に食い込むほどたくさん頂いて。

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フェイジョア、フィジアとも。原語はfeijoa

中身を掬って食べる。ドバッともらったのでジャムになるかな。

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ガーベラでもダリアでもない。何ていうのかな?

わからないので、ベラニアと命名します。

秋深し

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バイクで山越え、日赤へ。1週間しか経っていないのに楓の色がずいぶん変わってきた。あれあれ10月も終わりか?

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9ヶ月ぶりのPET検査。

いつも1時間の検査前安静と検査後40分の放射能抜きなど2時間半がとても長くて退屈しているのに、今回まったくそれを感じなかった。

毎週一回、検査と点滴に7時間かけているから、ぼんやりと待つことに慣れたのだ。

90歳の老人が1日を過ごすようになっていると思うと怖い。(イーストウッドはそんな過ごし方はしていないだろうけど)

病気はそれほど回復していないのじゃないかな、と何となく感じている。

治療の有無に拘わらず平均寿命の80歳頃まで生きるだろうと言われたのは8年前だ。

80歳を超えたら終日ぼんやりしているようなものだから、生きていても仕方ないと考えていた。でも、ぼんやり過ごしていると昔のことをたくさん思い出すようになって、過ぎ去った時間を取り戻しているように思えてくる。

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80歳になってみないとわからないことがあるのだろうけど、なんとなく察しはつく。

でも90歳はまだ想像できない。

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病院の食堂でランチを食べながら小さな噴水を眺めていた。

 

好き?嫌い?

好きな花は何ですか?と尋ねられて考えてしまった。

嫌いな花も、好きな花も無い。

食べ物の好き嫌いを聞かれても困る。

数少ない食べ物をつべこべ言わずに食べてきた。選択は在り得ない。

脱脂粉乳はまずかったけど)

1時間ぐらい後になって、オオイヌノフグリが好きだったなと思い出す。

亀岡の親戚に行く時に、駅からのあぜ道に咲いていた青い小花。

そして酸っぱくなった白菜の漬物。あるいは揚げたてのコロッケ。

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好き嫌いが言える時代ではなかったが、選択ができなかったことは悪いことでは無い。好き嫌いの両方を受け入れなければならないのは世の常である。

それができないところから歪みや差別が生まれる。

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今日の午前は雲ひとつ無い秋晴れだった。

テニスコートに行く手前で坂道を降りてきた自転車。間一髪でブレーキ。怖ろしや。

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光が美しければ全てが輝く。

自宅の裏にこんな廃園があれば嬉しいけれど、徒歩15分でこの世界だ。

太陽の下、新しきもの無し

There is nothing new under the sun.

聖書の言葉だけど近頃「そうだよなあ」と感じさせられることが多い。

新しい作品企画と同時に過去の見直しをしていると、最近の思いつきはすべて過去にやっていることに気づく。

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考えることも、ここに書いていることも同様だ。

それもあって歴史を視る眼が変わってきている。遠い昔にあった出来事でなく身近に感じるようになった。

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もちろんコロナの影響も強い。コロッと時代が変わるのを目撃したのだから。

ヨーロッパが心配だ。

鎖国が現実になってる。ま、爆発的経済拡大には疑問を持っていた。細々しみじみと暮らして行くべきだろう。

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孫が熱を出して学校を休んだから我が家で12時間預かった。雨の中で遊んで体が冷えたらしい。工作したり本を読んだりしながらゴロゴロして病院から帰ったら回復していた。両方のジジババ宅でこういうことをしているのだから幸せ者だ。

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夕方やってきた弟たち。いつも押さえつけてる兄貴が沈没なので、活きいきノビノビ。

 

WORK16

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1995 「Sampling & Enclosing」アクリル絵の具 インク 182x227cm

夏にイタリアを旅行して(はじめての西欧)興奮していた。その高揚感で迷い無く一気に描いたもの。こういう体験は少ない。たいがいは悩んだり考えたりで、描いている時間よりも見つめている時間が長いものだ。

インクとアクリル淡彩のスケッチ風だが、スライド投影した画像をなぞっている。当時はフィルムカメラだったから手巻きのモノクロフィルムを自分で現像して、それをコピーフィルムに転写してスライドを作っていた。そんな手作業の長い時間で、イメージが絞り込まれる。このようにして画像を重ねていくのだからつまり映像コラージュである。この技法は学生時代に同級のH君や若手教員Tさんから習得したものだ。二人とも美術というより理系の人間だったな。

この技法で描いた学生時代の作品がこれ

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1976 絵画マンダラ アクリル+油彩 1940x112cm

こんな比較をしたのは初めてだけど、面白いもんだな。考えてしまう。

ま、こういう伏線があって広島に来てからも写真やコンピュータとの繋がりが続いていったが、寄り道が多すぎたかと少し悔やむ。